2011年5月28日土曜日

市営菖蒲園のこと

 佐倉市の花といわれて思い描くのは、ふるさと広場のチューリップでしょうか、草ぶえの丘のバラでしょうか、それとも川村記念美術館のツツジでしょうか。
 昭和46(1971)年5月に一般公募で市の木は「桜」、市の花は「菖蒲」(花菖蒲)と決まりました。桜は佐倉と読みが同じですから理由も分かる気がしますが、どうして市の花に「菖蒲」(花菖蒲)が選ばれたのでしょうか。
 それは、かつて田町に市営菖蒲園があり、多くの市民に親しまれていたからだと思います。私も祖母に連れられ、バスに乗って菖蒲園を訪れた記憶があります。
 市営菖蒲園は昭和33(1958)年に開園し、昭和50(1975)年に閉園してしまいました。今、その場所には写真の「市営菖蒲園跡」の碑が建てられています。 
 現在、城址公園の菖蒲田で毎年6月初旬に「菖蒲祭」が開催されていますが、地元商店会やボランティアの方々に支えられているようです。縁あって市の花に選ばれたのですから、もう少し扱いを大きくしてほしいものです。
 なお、「市営菖蒲園跡」の碑は、ちばグリーンバス田町車庫バス停から京成佐倉駅方面へ道路沿いに徒歩1分、お地蔵さんの脇にあります。

ラベル:

2011年5月21日土曜日

佐倉中学校の新校舎

  佐倉市立佐倉中学校の校門前には、佐倉城大手門跡の石碑が建っています。この石碑のある場所から城址公園までの桜並木(秋には銀杏並木)の通りは、江戸時代には広小路と呼ばれた通りで、両脇には重臣の武家屋敷が建ち並んでいたそうです。
 佐倉城の城門は、大手門を含めて九つあったそうで、そのうち五つの門は写真が残っています。それを見ると、大手門は入母屋二階建てで、出格子と腰屋根付きの立派な門でした。
 写真は、平成21(2009)年11月に建設された佐倉中学校新校舎の入口です。
 この玄関部分は大手門をイメージさせるデザインになっているそうです。
 そう言われてみれば、白い壁と上部の格子状の窓や瓦屋根のように見える黒い屋根と庇が大手門の雰囲気を出していて、文化と歴史の街にふさわしい校舎だと思います。

ラベル:

2011年5月14日土曜日

佐倉城址公園の門

 佐倉城は明治になっても千葉県内で唯一残存を許された城でしたが、明治政府により城内に軍隊が置かれることになると、兵舎建設のため城内の建物は全て取り壊されてしまったということです。それでも運良く、現在まで保存されているものがあります。
 写真の門は、鹿島川よりの御三階駐車場からお堀を越えて佐倉城址公園に入ると見えてきます。門の内側には次のように書かれた額がかけられています。「この門は昔城内にあったものであるが市内の酒造家土井家に下賜され長くその表門として使用された 昭和三十七年城主堀田家の菩提寺である甚大寺がこれを譲り受け保管していたが このたび市に寄付しこの地に復元されたものである 昭和五十八年三月 安城山甚大寺住職小川長顕識」
  この甚大寺というお寺は新町にあって、金比羅様の縁日で知られているお寺です。境内には佐倉城のものと伝えられる一対のシャチホコが置かれています。

ラベル:

2011年5月7日土曜日

草ぶえの丘のシンボルマーク

 佐倉草ぶえの丘が開園したのは、昭和54(1979)年5月1日でした。平成18年4月から山万グループの運営となり観光施設としてリニューアルオープンしていますが、以前は自然休養村公社の運営で、小学生の学習施設としての機能を持っていましたので、学童農園佐倉草ぶえの丘という名称でした。
 草ぶえの丘のシンボルマークは、一般公募したもので、若草色の若芽の上のオレンジ色の笑顔を二重のラインが囲んでいます。これは、太陽と緑と子どもを表現したものだそうです。自然の中で土と緑に親しみながら農業理解の学習をする草ぶえの丘の性格を表現する素晴らしいデザインだと思います。最近はこういったマークやロゴタイプよりもキャラクターの方が流行していますが、単純化した図案の中に表現された事象を読み取る楽しさもあるように思います。
  ところで、草ぶえの丘という名称も公募で決まったものですが、これもまた素晴らしい名称だと思います。

ラベル: